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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24511号 判決

本訴原告(反訴被告)

ジオサイエンス株式会社

右代表者代表取締役

和田信彦

右訴訟代理人弁護士

石角完爾

本訴被告(反訴原告)

株式会社ハイトリオ

右代表者代表取締役

長谷川孝一郎

右訴訟代理人弁護士

中島章智

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金五一三七万円及びこれに対する平成五年一〇月八日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

二  本訴被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じてすべて本訴被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は、主文第一項につき仮に執行することが出来る。

事実及び理由

(以下本訴原告(反訴被告)を「原告」、本訴被告(反訴原告)を「被告」という。)

第一  請求

一  本訴関係

主文同旨

二  反訴関係

1  主位的請求

原告は、被告に対し、六一九〇万五〇〇〇円及び内二〇〇〇万円に対する平成五年四月一日から、内一〇〇〇万円に対する同年八月二五日から、内三一九〇万五〇〇〇円に対する平成六年一二月八日から各支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

2  予備的請求

原告は、被告に対し、六一九〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月二五日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、地質調査業、さく井業等を内容とする会社であり、被告は、ホテル、旅館の経営等を内容とする会社である。

2  原告及び被告は、仙台市青葉区熊ヶ根字赤沢山二一番(以下「本件地区」という。)内で、原告が請負代金八一三七万円で温泉井の掘さく工事及びこれに付帯する工事を行うことを内容とする請負契約(以下「本件契約」という。)を平成五年三月二二日締結した。

3  原告は、本件契約に基づき本件地区で掘さく工事を行い、被告は、本件契約の代金のうち二〇〇〇万円を平成五年四月一日、一〇〇〇万円を同年八月二五日それぞれ原告に支払った。

二  当事者の主張の骨子並びに本訴請求及び反訴請求の概要

1  被告は、本件地区で大規模な温泉開発を計画しており、本件契約は、これを実現させるために、原告が一分間当たり八〇リットル以上(一時間当たり四八〇〇リットル以上、一日当たり一一万五二〇〇リットル以上)のゆう出量と、右温泉開発による各種営業に適した上質を具備した温泉、仮にそうでないとしても、入浴に適し、かつ排水に差し支えない質と掘さく現場における最善の量を具備した温泉をゆう出させることを原告の債務の内容としていたのに、原告はこれを達成しなかった旨主張する。

これに対し原告は、本件契約では、契約書に定められた工事を実施すれば、温泉がゆう出したかどうかにかかわらず、原告はその債務を履行したといえるところ、原告は、本件契約で定められた掘さく工事(以下「本件工事」という。)を実施、完成させ、温泉井を既に被告に引き渡しているから、原告には債務不履行はない旨主張する。

2  本件請求は、原告が被告に対し、本件工事を完成させたとして、本件契約に基づく請負残代金及び遅延損害金の支払いを求めるものである。

3  反訴請求の主位的請求は、被告が、原告に対し、原告の債務不履行に基づく本件契約の解除又は被告の錯誤を理由とし、既に原告に支払った前記三〇〇〇万円、原告が本件契約の締結に先行して実施した予備調査の費用として被告が原告に支払った一三九〇万五〇〇〇円及び前記温泉開発計画に関して支出した総合企画調査業務代金一八〇〇万円の合計六一九〇万五〇〇〇円及び遅延損害金の支払いを求めるものである。

反訴請求の予備的請求は、原告が本件工事に先行して実施した予備調査で被告に誤った報告(乙九、以下右報告を「本件報告」、右報告にかかる報告書を「本件報告書」という。)をしたために、被告が右の各支出を余儀なくされたとして、前記六一九〇万五〇〇〇円及び遅延損害金の支払いを求めるものである。

なお被告は、右の各主張を本訴請求において、請求原因に対する抗弁(被告は、これらを本訴請求債権と対当額で相殺する。)としても主張している。

三  争点

1  原告の債務不履行の有無

(一) 原告は、被告の主張する質及び量の温泉をゆう出させることを本件契約の内容としたかどうか

(二) 本件工事における掘さくの適否

(三) 本件報告書提出の適否

2  被告の錯誤の成否

第三  争点に対する判断

一  事実関係

1  証拠(甲一、三ないし五、八ないし一一、一三ないし一七、一九ないし二一、二五ないし三〇、三五、四〇ないし四三、乙一ないし一一、証人関根基、原告代表者本人、被告代表者本人、鑑定、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、もと地質調査業を目的とする会社であるが、平成二年二月にさく井事業について建設業法三条一項所定の一般建設業の許可を得てからは、地質調査業とともに、さく井事業を会社の主な業務として行うようになり、全国で年間五、六件の温泉掘さく事業を実施している。被告は、平成二年から三年にかけて下田市柿崎地区で温泉の開発を行った際に原告が掘さく工事を実施したところから、本件地区における掘さく工事を原告に依頼し、原告もこれを承諾した。

(二) 被告は、原告との間で本件地区における温泉掘さくについて協議した結果、平成四年二月一二日に原告が本件地区において事前に一次調査を実施することを合意した。

原告は、右一次調査として、地下水開発については既存資料の収集、水理地質調査、電気探査、水質調査及び分析を、温泉開発については空中写真判読調査、地表地質調査、地層空隙率測定及び温泉兆候調査をそれぞれ実施した結果、平成四年三月に、これらの調査結果を解析した中間報告書(乙三)を作成し、被告に提出した。

同報告書は、(1)本件地区では層状型温泉が期待できることが明らかとなり、温泉開発の可能性は高いこと、(2)温泉開発の対象となる地層は、中新世中期の地層の作並層及び日蔭層下部であり、これらは浅い場合で深度五〇〇メートル(地表面を深度〇メートルとしたもの、以下の深度についても同様。)付近、深い場合で深度一二〇〇メートル付近に分布すると予想されること、(3)これらの地層は、ある程度の量の温泉水を貯留する可能性が高いこと、(4)孔底温度は、作並層の分布深度が浅い場合で二五度(摂氏、以下の温度についても同様。)、深い場合で四五度前後と判断されること、を理由の要旨として、地下の貯留層の分布深度の確認と最適な温泉開発を行うための開発深度の決定は、二次調査における物理探査の実施と総合解析の結果により行う旨結論付けている。

(三) 右一次調査の結果を受けて、原告は、平成四年四月七日に被告と協議をした結果、具体的に温泉掘さくを行う深度及び位置を決定するために、電気探査及び重力探査等の物理探査を主体とする二次調査を行った。なお、原告は、前述のように、以前被告から掘さく工事を受注したことがあったため、見積書にあげていなかった重力探査を、特別に原告の負担で実施している。

その結果、原告は、(1)本件地区における温泉の形態は、砂岩等の粒子空隙に温泉水が貯留される層状型温泉であること、(2)温泉貯留層は、日蔭層下部及び作並層であり、深度一〇〇〇メートル前後に分布すること、(3)日蔭層下部はある程度の量の温泉水を貯留する可能性は高いこと、(4)湧出量は毎分八〇リットル以上であり、泉質は弱アルカリ性でナトリウム、カルシウム、塩素、硫酸の各イオンに富むこと、(5)坑口で四〇度を越える温泉が得られると見込まれること、(6)本件地区の温泉開発で最も適切な井戸として、深度一二〇〇メートルを提案するが、ストレーナー(温泉を坑内に導入するよう隙間をあけてある鋼管)の延長及び設置深度は、掘さく時の逸泥状況(ボーリングが温泉源の存する地層の亀裂、間隙に達した場合に、ボーリング時の機械先端部の磨耗を防止するために、坑内に送り込んでいる泥水が散逸する現象。)や掘屑(カッティングス)の観察結果並びに孔内検層の結果を総合的に解析し決定すること等を内容とする本件報告書を平成四年五月作成し、これを被告に提出した。

(四) これらの調査結果を踏まえ、原告及び被告は、本件地区における具体的な掘さく工事について検討した。この際原告は、掘さくの方法について別紙一及び二記載の二通りのケーシングプログラムを提示したところ、被告は、ケーシングの最下段において、セメンチングで保護されていない裸孔部が一〇〇メートル少ない別紙一記載のケーシングプログラムを選択した。こうして、平成五年三月二二日に本件契約が締結されたが、工事内容は、本件地区で一二〇〇メートルの温泉井を掘さくする工事及び同工事に伴う付帯工事(仮設道路工、整地工)を実施することを内容とするものであった。原告の履行すべき内容は、本件契約にかかる契約書(甲三、以下「本件契約書」という。)では、「この工事の図面および仕様書等により、頭書の請負金額をもって、この工期内に工事を完成しなければならない。」(第二条)と記載されている。

なお甲三には、別紙二記載のケーシングプログラムが添付されているが、これは、原告が右合意に基づき別紙一記載のケーシングプログラムを本件契約書に添付すべきところ、誤って別紙二を添付したことによるものである。

(五) 原告は、被告が宮城県知事宛に温泉法三条一項所定の土地掘さくの許可申請書(甲一〇、同申請書に添付されたケーシングプログラムは、別紙一記載のものである。)を提出した後、平成五年五月二四日ころ以降本件契約に基づき、別紙一記載のケーシングプログラムに従い、本件工事を実施した。

本件工事の概要は、ロータリー式ボーリングマシーンによる深度一二〇〇メートルの井戸掘さくであり、ストレーナーは、日蔭層下部が存在すると考えられた深度976.55メートルから1189.10メートルまでの区間に設置された。但し、実際には、日蔭層上部に続く深度九五〇メートル以深において、温泉開発調査では推定されなかった流紋岩が貫入していたため、日蔭層下部が始まったのは、深度一一七〇メートルになってからであった。この間原告は、合計三度にわたり、深度〇メートルから四〇〇メートルまで(平成五年六月二五日実施)、同四〇〇メートルから八〇〇メートルまで(同年七月一六日実施)及び同八〇〇メートルから一二〇〇メートルまで(同年八月二一日実施)の各区間で温度検層並びに電気検層(比抵抗法及び自然電位法による)による坑内検層を実施した。なお本件工事中には、逸泥現象は発生しなかった。

原告が実施した本件工事及び坑内の地質構造は、別紙三記載のとおりである。

(六) こうして、平成五年八月二二日には、ストレーナー区間を有する一〇〇Aケーシングが挿入され、同月二三日には地下水のゆう出が確認されたが、宮城県では、許可を与えた掘さく申請にかかる内容と異なる掘さくが行われることを防止するために、揚湯試験の実施前に、掘さく工事で使用した櫓等の施設を撤去させる旨の行政指導を行っていた。そこで、原告は、同年九月に入り、右ケーシング挿入以降同月一日までの工程及びゆう出する地下水の揚湯量と温度の見通しを述べるとともに、今後の工程としては、櫓等の工事施設を解体撤去してから、揚湯試験が実施されることになる旨説明した書面(甲一九)を被告に提出し、右解体撤去につき被告の了承を得た。

そこで原告は、平成五年九月五日に櫓の撤去作業を実施するとともに、同月九日に宮城県保健福祉部薬務課宛に掘さく完了届及び揚湯試験実施願いを提出し、同月一〇日に同試験実施許可がなされた。最初の揚湯試験は、平成五年九月三〇日に行われたが、同年一〇月二日から三日にかけて実施された第三回揚湯試験では、三〇時間四〇分の間に地下水二万二〇〇〇リットルがゆう出した。

(七) 原告は、本件工事の概況を記した報告書(乙一一)を平成五年一〇月付けで作成し、これを被告に交付した。

(八) 財団法人宮城県公害衛生検査センターは、平成五年一一月本件工事によってゆう出した地下水につき、ゆう出地における調査結果では、泉温53.5度、湧出量毎分78.9リットル(動力揚湯)、PH値6.6、赤褐色で濁りがあり、ほとんど臭気なく鹹苦味がする、泉質は、含鉄(Ⅲ)・銅、ナトリウム、塩化物強温泉、高張性中性高温泉であるとの分析書(甲四)を作成した。

2  事実認定に関する補足

(一) 被告は、本件契約は、原告が被告の前記主張にかかる具体的な質、量の温泉をゆう出させることを契約内容としていた旨主張し、証拠(乙一五、被告代表者本人)には、これに沿う部分がある。そして、原告が作成した一次調査計画書・見積書(乙二)には、「科学的な各種の探査方法を計画地の地質条件に適合させて実施し、利用目的に合わせて、最大効率的な生産を得るための開発計画と工事内容をご提案いたしております。」、また二次調査計画書・見積書(乙八)には、「掘削工事を当社におまかせいただけましたら調査の成果に基づいて、上質な温泉井戸を責任をもって完成させますことをお約束いたします。」との各記載があることが認められる。しかしながら、当裁判所は、被告の主張する特約は認められず、したがって、被告の右主張は採用できないと判断する。その理由は、次のとおりである。

温泉は、地下深部に貯留する水資源を利用するものであるが、現代の科学水準では、地上からの各種検査、試くつ等によっても、地下深部の地質構造を完全に把握、解析することはできないから、温泉開発においては、温泉源の存否、仮にこれが存在するとしても、その温度、水質及びゆう出量を事前に探知、予測することは、きわめて困難であり、当初期待していた成果が得られない可能性を払拭できない。すなわち、温泉掘さく事業には、こうしたリスクが不可避であるといわざるを得ない。また、現在では、地下の温泉源をできる限り有効に利用できるように、掘さくの方法、埋設する鋼管の工法等の開発技術は高度に発達しているうえ、井戸の掘さく深度は、一〇〇〇メートル、場合によっては二〇〇〇メートル以上に達する場合も珍しくない。そのため、温泉の掘さく工事を実施するには、温泉ゆう出の有無にかかわらず、人件費、資材費等多大の費用が必要とされる。それにもかかわらず、掘さく業者が温泉がゆう出しなかった場合のリスクを負担し、顧客が予め期待していた成果が得られるかどうかによって工事代金の回収が左右されるということは、企業の採算上、重大な不安定要因を生じさせることになる。

以上に照らせば、温泉の掘さくを請け負った業者としては、特に一定の質、量を有する温泉をゆう出させることを契約内容として具体的に明示した場合を除いては、その時点における技術水準に照らし相当と認められる掘さく工事を行えば、結果的に当初予想した質、量の温泉がゆう出しなくても、当該契約に基づく債務の履行を完了したというべきであり、掘さくの結果、当初予想された温泉がゆう出するかどうかのリスクは、原則として温泉掘さくを依頼した顧客の側が負担するものと解すべきである。

これを本件についてみるのに、本件契約書には、原告が掘さくによって得られる温泉の量、温度等を具体的に明示し、これをゆう出させることを約したと解される文言はない。また右特約が成立したとする前記証拠は、これに反する証拠(甲五、一七、二二ないし二四、証人関根基、原告代表者本人)の記載又は供述内容、原告は、地方自治体からの依頼案件で、特に一定の質、量の温泉をゆう出させることを掘さく契約の内容とする場合には、具体的にゆう出させる温泉の質、量及び実際の結果がこれに達しなかった場合における工事代金等の内容を、詳細かつ具体的に契約書に明記しているが、以前原告が被告の依頼を受けて実施した前記伊東の温泉の掘さく契約書にも、そのような記載はなかったこと(甲一七、二七、三一、四〇)並びに被告は、本件掘さく許可申請と同時に宮城県知事宛に提出した契約書(甲九)において「この掘さくにより、温泉がゆう出しなかったときは、直ちに現状に回復します。」と記載していることに照らし、にわかに信用できない。また、前記見積書の各記載も、その記載内容からみて、原告が温泉の掘さく工事を請け負うことができれば、その技術力を生かし、依頼主である被告のために最善を尽くして掘さく工事を行う旨を抽象的に述べ、掘さく工事の発注を勧誘したものであることが明らかであり、被告の主張にかかる一定の質、量の温泉をゆう出させることを法的に約したものであるとは到底認められない。他に被告の主張を認めるに足る証拠はない。

したがって、被告の右主張は採用できない。

(二) 被告は、仮に右(一)の主張が認められないとしても、本件契約は、原告が入浴に適し、かつ排水に差し支えのない質と、本件地区で得られる最善の量の温泉をゆう出させることを契約の内容としたものである旨主張し、証拠(乙一五、被告代表者本人)には右主張に沿う部分がある。

しかしながら、右証拠がにわかに信用できず、前記見積書の記載によっても右主張を認めることができないことは、前述したとおりであり、他に被告の右主張を認めるに足る証拠はない。したがって、被告の右主張は採用できない。

(三) また被告は、原告は、本件工事は本件契約で定められた深度よりも一〇〇メートル深く掘さくをしているから、本件工事を完成させたとはいえない旨主張する。しかしながら、本件契約は、別紙一記載のケーシングプログラムに従った工事を実施するものであり、本件契約書に添付された別紙二記載のケーシングプログラムが原告の過誤によって、誤って添付されたものであることは、前述のとおりである。したがって、原告は、本件契約に定められた工事を実施しているから、被告の右主張は採用できない。

この他被告は、本件工事は未完成である旨るる主張する。しかしながら、前記認定によれば、原告は本件契約の定める工事仕様書に従い、別紙三記載のとおり、本件地区で本件工事を実施した結果、専門機関が温泉と判定する地下水がゆう出したのであるから、本件工事は完成していると認められる(被告が本件工事に関して不適切な点として指摘する諸点は、本件契約につき原告に債務不履行が存するかどうかの問題であって、本件工事の完成を否定する事情ではないと考える。右諸点については、本訴請求原因に対する抗弁の箇所で判断する。)。したがって、被告の右主張は採用できない。

二  本訴請求について

1  請求原因について

本件契約の成立は、前記のとおり当事者間に争いがないところ、前記認定に照らせば、原告は本件契約に基づき本件工事を実施し、これを完成させたものと認められる。したがって、被告は原告に対して本件契約に基づく工事代金八一三七万円を支払うべき義務がある。ところが、被告が工事代金のうち三〇〇〇万円しか支払っていないことは、前述のとおりである。

したがって、被告は原告に対し、工事残代金五一三〇万円及びこれに対する請負代金請求権発生後である平成五年一〇月八日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による約定遅延損害金(甲三により認められる)を支払うべき義務がある。

2  抗弁について

(一) 原告は、被告の後記(二)ないし(六)の各主張は、本件契約が被告の主張する一定の質、量の温泉をゆう出させることを契約内容としていたという当初の主張とは、請求の基礎の同一性を欠くうえ、平成七年一月一八日の本件第九回口頭弁論期日以降順次なされたもので、著しく訴訟手続を遅滞させるものであり、民訴法二三二条で訴えの変更が認められるべき要件を満たさないから、これらを追加的に主張することは許されるべきではない旨主張する。

しかしながら、被告の右主張は、多岐にわたるものの、要するに、本件契約及びこれに先行する調査等を含む、社会生活上一連のものと評価できる事実関係のもとで、原告に債務不履行があり、又は被告に錯誤があった等とする主張で、本件契約が一定の質、量の温泉をゆう出させることを契約内容とするものであるとの当初の主張とは、社会生活上関連性を肯定できるから、請求の基礎の同一性を認めることができる。また、被告提出の証拠の多く(乙一ないし一二)は、被告の右追加主張についての事実関係に関する証拠ともなりうるものであるところ、これらは、被告が本件地区における温泉のゆう出を前提として、計画を進めていたと主張するレジャー計画に関するもの(乙一二)を含めて、既に本件第一回口頭弁論期日で提出されている。そうすると、被告の追加的主張は、これがなされるつど、応訴を余儀なくされた原告の煩を十分考慮しても、いまだ審理を遅延させたとまではいえない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

(二) 被告は、本件地区では深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間に透水層があり、温泉のゆう出が見込まれたのであるから、原告は同区間にストレーナーを設置して温泉をゆう出させるべきであったにもかかわらず、本件工事では、右区間に隙間のない鋼管を使用し、セメントで覆ってしまうフルホールセメンチングをしてしまい、逆に、不透水層である深度八〇〇メートルから一二〇〇メートルまでの区間にストレーナーを設置するという不適切な工事を実施したため、当初の温泉がゆう出しなかったから、原告には債務不履行があった旨主張し、証拠(乙一三の1、一五、一六、一八、被告代表者本人)には、これに沿う部分がある。そして、原告が深度八〇〇メートルから一二〇〇メートルまでの区間の一部にストレーナーを設置し、深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間にはフルホールセメンチングを施工したこと、深度九五〇メートルから一一七〇メートルまでの区間には、不透水層である流紋岩が貫入していたことは、前述のとおりである。

しかしながら、本件契約が一定の質、量の温泉をゆう出させることを契約内容とするものでないことは前述のとおりであるから、原告としては、本件工事の過程で、本件契約で当初予定していた深度よりも確実に温泉がゆう出すると考えられる区間が存することを裏付ける明確な兆候が認められない以上、本件契約で定められた別紙一記載のケーシングプログラムに従って掘さく工事を実施すればよく、単に温泉ゆう出の兆候があったからといって、既に決定されている工事内容を変更すべき義務はないというべきである。

前記認定によれば、原告は、二次にわたる詳細な事前の調査結果に基づいて、本件地区における透水層の存在及びその分布状況を予測して、本件工事に着手したものであり、また予想外の流紋岩の貫入はあったものの、工事中には逸泥現象が認められなかったため、本件契約の契約内容に従い、深度976.55メートルから1189.1メートルまでの区間にストレーナーを設置し、その結果温泉がゆう出したものであるから、原告の右判断は相当であるといえる。また、本件全証拠によっても、深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間において、右ストレーナー設置区間を上回る温泉のゆう出をうかがわせる明確な兆候は認められない(深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間の方が、より確実に温泉がゆう出する可能性があるとする前記証拠は、本件地区で原告が二次にわたって実施した調査結果及び逸泥現象の見られなかったこと等を過小評価し、単に本件工事における検層で判明した温度、自然電位又は比抵抗の数値のみを重視した結果、推測を行っているものであって、証拠[甲一五、四二、鑑定]に照らし、にわかに採用できない。)。

また、証拠(甲一五、一七)によれば、フルホールセメンチングは、地下水が坑道内に混入し、ゆう出する温泉の温度や水質を低下させることを防止するために施工されるものであるところ、原告のストレーナー設置位置が相当である以上、原告が、ストレーナーを設置する区間とされていない深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間に、フルホールセメンチングを施工したことは相当であり、なんら問題はない。

したがって、被告の右主張は採用できない。

(三) 被告は、原告は掘さくに当たっては、センサーによる検層により、いかなる深度にストレーナー区間を設置するかを決定すべきであったにもかかわらず、これを怠り、ストレーナーを設置した過失がある旨主張する。そして、証拠(甲三、乙九)によれば、本件契約書には、ストレーナー区間は検層結果によって決定するとの記載があることが認められる。

しかしながら、甲三から明らかなように、右記載は、深度八〇〇メートルから一二〇〇メートルまでの区間のうちどの部分にストレーナーを設置するかを検層によって決定するという趣旨に過ぎない。そして、前述したとおり本件契約は、掘さくによって一定の質、量の温泉をゆう出させることまでも契約内容とするものではなく、原告としては、あくまでも本件契約に従って本件工事を行えばよいところ、前記のとおり原告は、本件工事と並行して検層を実施した結果、深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間が、深度八〇〇メートルから一二〇〇メートルまでの区間よりも温泉がゆう出する可能性が高いとは認められなかったため、前記のとおり本件契約が定める別紙一のケーシングプログラムに従い、別紙三記載のとおりストレーナーを設置したものである。そうすると、原告には、検層を怠った債務不履行はない。

したがって、被告の右主張は採用できない。

(四) 被告は、ストレーナーの設置方法としては、最初からストレーナーを設置する方法以外に、既に設置した非ストレーナー部分に機械的な切開をするガンパーや、非ストレーナー部分を火薬を用いて爆発させて穿孔させるパーフォレーションがあるところ、掘さく業者としては、これらの工事が必要でる場合にはこれを実施すべき義務があり、本件契約でも、これらの工事を適宜実施することが義務となっていたにもかかわらず、原告はこれを怠った債務不履行がある旨主張し、乙一六には右主張に沿う記載がある。

しかしながら、深度四九〇メートルから七二〇メートルまでの区間が、深度八〇〇メートルから一二〇〇メートルまでの区間よりも温泉がゆう出する可能性が高いとは認められないことは前述のとおりであるから、被告の右主張は既にその前提を欠くうえ、証拠(甲四四の1、乙一六)によれば、右の各工事は、既に設置した鋼管に穿孔して、ストレーナーと同一の効用をもたせようとするものであることが認められるが、その工事内容に照らせば、技術上の難易性を別としても、多大の労力と費用を要するものであって、その実施が掘さく業者に原則的に義務付けられるという性質のものではないことは明らかである。そして、本件についても、そのような工事を行うことが、当初から本件契約の内容とされていなかったことは、前記認定の契約内容に照らし、明らかである。

したがって、被告の右主張は採用できない。

(五) また被告は、仮に前記(二)ないし(四)の各主張が認められないとしても、被告は本件契約当時、本件工事により前記主張にかかる質、量の温泉が必ずゆう出するものと誤信した結果、本件契約を締結したものであるから、本件契約は錯誤により無効である旨主張する。

しかしながら、右主張を的確に認めるに足る証拠はないばかりか、かえって、前記認定、特に本件契約締結に至る経緯及び被告が既に原告との間で下田市内の温泉開発について掘さく契約を締結していたこと並びに右主張に反する証拠(甲五、証人関根基)に照らせば、被告が、右主張にかかる認識を有し、本件契約を締結したとは認められないし、また、被告が右主張にかかる温泉がゆう出しないのであれば、本件契約は締結しないとの意思を原告に表示していなかったことは明らかである

したがって、被告の右主張は採用できない。

(六) さらに被告は、仮に前記(二)ないし(五)の各主張が認められず、本件工事が適切であったのであれば、原告が本件掘さくに先立つ予備調査に基づいて作成した本件報告書が、(1)採取できる温泉のゆう出温度は毎分八〇リットル以上であり、泉質は弱アルカリ性でナトリウム、カルシウム、塩素、硫酸の各イオンに富む、(2)本件地区の深度一二〇〇メートルでの地温は四八度以上となり、坑口で四〇度を超える温泉が得られると見込まれる、(3)自噴井となる可能性が高い等と判断していることは誤りであったことになるが、これは、予備調査に基づく正確な報告をすべき原告の債務に反するから、原告には、債務不履行がある旨主張する。そして、本件報告にそのような記載があること及びこれにより予想された温泉源が、実際にゆう出した地下水とは必ずしも一致しなかったことは、前述のとおりである。

しかしながら、本件のように温泉掘さくに先立って実施される予備調査は、それ自体に独自の意味があるのではなく、あくまでも本工事として行われる掘さくが成果をあげられるよう、その工事内容の決定に当たって参考となるべき資料を提供するために、限られた費用及び時間内に、限られた調査方法によって行われるものである以上、その正確性については、一定の限界が内在することは、その性質上不可避である。したがって、予備調査を行った業者としては、当該予備調査が、技術的水準に照らして相当である以上その債務を履行したといえるのであって、予備調査の結果、推測された地質状況等が掘さくによって判明した現実の状況と異なったとしても、そのことをもって債務不履行を負うものでないことは明らかである。

しかも、本件については、本件契約が掘さくによって、被告の主張するような一定の質、量の温泉をゆう出させることを契約内容としたものでないことは前述のとおりであるうえ、前記認定及び実際に得られた温泉の質、量に照らせば、原告の行った予備調査の方法及び内容は、技術的にみても相当であるうえ、これに基づいて行った判断及び本件報告書はあくまでも断定的な判断ではなく、可能性があるというに止まっている。

したがって、被告の右主張は採用できない。

3  このように、被告の抗弁はいずれも理由がないから、本訴請求は理由がある。

三  反訴請求について

被告は、主位的請求において、本訴における抗弁と同様の主張内容、すなわち本件契約は、原告が被告の主張する質、量の温泉をゆう出させることを約した契約であること、本件工事が不適切であったこと及び錯誤による無効を請求原因としている。しかしながら、被告主張の諸点につき原告に債務不履行がないこと及び被告に錯誤が認められないことは、既に本訴請求において説示したとおりである。したがって、被告の主位的請求はいずれも理由がない。

また被告は、予備的請求において、本件報告書の記載が誤りであったため、本件契約の締結等の支出を余儀なくされたとして、損害賠償を請求する。しかしながら、原告の右予備調査に債務不履行がなく、右主張が採用できないことも、本訴請求において説示したとおりである。したがって、被告の予備的請求もまた、理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求はすべて理由があり、被告の反訴請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官田中敦)

別紙〈省略〉

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